これから予測される恐ろしい症状と今後の生き方について
(ホスピス訪問、癌患者や重病難病専門の患者会出席、重度障害者施設見学、治療等)
今は病気の症状をいかに出さないようにするかが第一目的。そして最終的には完全社会復帰が大きな目標。
必要に応じ、精神科医やホスピス医との話し合いも必要と感じる今日この頃です。
精神科医との話し合いは入院中、もう助からない病気との診断でとてもショックを受け、一人では気が動転していたのでカウンセリングを受けました。また、看護婦達とのトラブルでも相談しました。こんな状況なのにむしろ後者のほうが嫌なことでした。生まれて初めて精神安定剤を飲んだのはこの後者の出来事からでした。
入院中にセカンドオピニオン相談にて有名な心療内科医の診察を受け、自分の生き方、民間療法、尊厳死、看護婦どもとのトラブル(医療不信(Yクリニック以外)を参照)、今後の治療等について相談しました。
その中でその先生はこんなことを言っていました。その助言がとても印象に残っています。
「看護婦達とのトラブルについて、精神がおかしくなるのは明らかに看護婦のせいだと分かっているのだから、精神安定剤を飲むのは後少しの入院中と考えればいいのでは。退院した時点でこの問題は解決するし、そうしたらもう精神安定剤を飲む必要はないのでは。そのように考えることが病気の根本を治すコツだ。90%の自分の気持ちを守り、10%の今までの気持ちを捨てれば楽になるのでは。」
退院後にホスピスを見学したのですが、その時のホスピス医との話し合いでは、今の状態で入所することは全く無いし、退屈過ぎてすぐに飽きてしまうとのこと。痛みを取ることはできても、神経症状を取ることは出来ないとのことでした。
患者会への出席は初めてなので自己紹介を求められた際に、これから予測される手足の麻痺、立っていられないほどのめまい、耳が聞こえなくなる、意識障害、言語障害等の症状の方が死より恐ろしいと発言したのですが、このことについて他の参加者からの意見がありませんでした。
私自身の最重要問題だったのに。残念ですが意見交換も出来ないのでは、今回は会に出る必要性を感じませんでした。
悪性脳腫瘍患者だけの患者会は無いし、患者が少ないからこれからも出来ないでしょう。
一口に癌といっても、色々な部位にできる色々な病気やレベルがあり、症状だってまちまちに決まっています。
家庭環境や年齢だって様々です。今回出席したグループは20から40才までの若い人対象のものです。20才の年齢幅を設けていても全て規定年齢では集まらず、半分ぐらいは四十半ばぐらいの人でした。
それだけで、三十代前半で最悪の病気にかかった状況がどれだけ異常であるかを察します。
年齢に関係無くそれぞれが皆苦しさを背負って参加しているのでしょうが、死より恐ろしい症状の話題について議論したかったです。
退院直後から始まった会ですが、はじめの頃は体調が悪すぎてとても参加できる状態ではなかったので、今回が初参加でした。このような基本的な話題はもう終わっているのかもしれないのですが。
会では安楽死を話題にする雰囲気等は無いと感じました。前向きな考えで望まないと浮いてしまうとも感じました。
私の病気は西洋医学ではもう治らないから、全てが延命目的の治療です。そのひとつである抗癌剤治療をキャンセルしました。医者いわく、抗癌剤治療をしても今のような普通に近い生活を長くしていられるだけであり、前述の恐ろしい症状は発症するとのことだったからです。
私の考えは延命すればするだけ、恐怖感を長くもっていなければならないので、今の所抗癌剤治療を受けることを凍結しています。症状を取ることには前向きですが、病気との戦いは抗癌剤が全てではないとも思いますし。
会では聞かなかったんですが、他の参加者ならこの問題をどう考えるのでしょうか。そこまでして、なぜ延命しなければならないのでしょうか。
参加者の幾人かは子持ちがいましたが、難病にかかっても、子供が成人前なら子供のために頑張ろう、病気には負けないぞと思うのは当然の流れです。しかし病気と戦う決意はしていますが、私は独身なので彼ら彼女らの思いとは違います。まあ、子孫繁栄できなかった寂しさが押し寄せ、病気以外での失望が増えるだけなので、この手の話題には加わりたくないのが本音です。
さらに方向性が違うと思えたことは、がんを持っていながらも仕事を続けている人が多かったことでした。貯金をして家を買いたいという人もいました。癌という病気でありながら大した人たちですが、突如最悪半年の命を宣告され仕事を止めるしか選択方法が無かった私とはやはり違います。私と同等レベルかそれ以上の病気の方はいませんでした。
これらの方に対し被害者意識は全く持っていないのですが、何か噛み合わないのです。
意義のある会と思いつつも、私にとっては今の所、朝遠方より通うまでのものではないようです。他の目的の少し違う患者会や、障害者施設の見学を経験し生きるすばらしさというものをつかんだ後、再度この会に出席したいとは思いますが。
しかし、今回出席した癌患者専門の患者会でなくても継続して参加できる患者会には入っていたいです。数万人に一人の私と同じ病気の人はまずいないでしょう。死や症状に恐怖を感じている同世代の独身の方が多いような会(病気は特に指定せず)に参加してみたいです。
どんな患者会であれ出席するためには、前向きな考えを持って参加することが理想です。そうすれば活発な意見交換ができるはずです。会に参加しなければ何も始まりません。だから私は、色々なタイプの患者会への参加を希望したいのです。
放射線、抗癌剤治療とその副作用
放射線治療はやりましたが、何かと世間で副作用の件が問題視されている化学療法=抗癌剤治療を受けるかどうかは未だに迷っています。漠然とした言い方になってしまいますが、病気と戦うことが必ずしも化学療法を受けることではないと思っています。放射線の副作用はひどかったですが、化学療法の副作用はもっと強烈と聞きます(強烈かどうかは人それぞれですが)。
私は今、放射線の影響でモヒカン刈りのような頭です。が、今も少しずつ毛が生えていますので後二ヶ月ほどで普通の髪の量に戻りそうです。そうしたら、硫黄の湯に入ったり、北海道や北陸のような大自然の場所に行ってみたいです。
最近では、もうどうでもいいやという気持ちが激減しました。
放射線治療の影響で私はとても小食になり、食べ物の趣向も変わりました。入院時には83.2kgもあったのに退院一週間後には69.5kgと激痩せしました。でもいまは75kg前後もあります。全く自分の体がどうなってんのかさっぱり分かりません。
後、左口の違和感が強烈で苦痛でした。医者は受け入れるしかないといっていましたが、鍼治療の結果6割軽減しました。
さほどではありませんが、めまいもたまにあります。かなり少なくなりましたが、疲れもあります。左の足腰が弱くなりました。短い時間ですが、小さな耳鳴りもあります。
放射線治療でも抗癌剤治療でも、個人差があるものの副作用は苦しいものです。
今は吐き気止めの注射をしながら抗癌剤治療をするので、個人差はあるけどそれほど苦しむことはないと入院時の主治医が言っていました。でも一般的には放射線の方が副作用が少ないといいますからね。
放射線治療では吐き気に相当苦しみました。治療が半分終わった頃には食欲不振は勿論、食の趣向も激変しました。入院時や退院まもない頃より状態はかなりいいですが、放射線治療を行うまで大好きだった米や肉などは治療以降食べたくありません。現在の好物は、ラーメンやお茶漬けのような水分を多く含んでいるものです。ラーメンは特に好きになり、時として大盛りも食べられます。しかしチャーシューはあまり好きでなくなっていまいました。
現在の担当医と今後の抗癌剤治療のことをよく話し合っていますが、放射線治療を受けたんだからやった方がいいといわれます。治療が中途半端でもったいないといわれます。しかし本人が決めることですからとのこと。祖母の件以降、再度病気と戦ってやるという意志はありますが、これを受けても病気が治るものでないため(効かなくなったら勿論恐ろしい症状も出るとのこと)未だ迷っています。
今は症状もそれほど大した事がないのでとりあえず自分のマイペースな意志に任せるだけですし、抗癌剤だけが戦いの手段ではないと思って毎日をほぼ普通に過ごしています。
生きる価値無し
私は発想が過激だから、自分で生計を立てて生活することも出来なければ生きる価値なしなどという表現を健康な時からよく使っていました。
最終的な結果が出てから朝起きた時、あーあ、まだ生きてるのかなんて考えることもしばしばでした。命の宣告をされてまで、なぜ生きなければならないのか、と。
三十代前半でこんなことになって、今までの生活が激変しました。この年で、独立して生計を立てることを絶たれたんです。とても悔しいです。今は親に食わせてもらっています。とても情けないです。この文章を書いていながらも、明日は普通に生きているのだろうかと考えてしまう今日この頃です。
現時点で私が最も恐れていることは、死そのものよりも恐ろしい症状です。症状が出てくるのを何もできずただ待っている今が一番不安です。現在余りその兆候を感じないだけに、どうなってしまうんでしょうか。日本では安楽死が認められていないですし。苦しんでいる本人が望むことがあった場合でも認められないとは何事だろう。尊厳死だけだなんて手ぬるい。
しかししかし、私は再度病気と戦って完全社会復帰へ挑戦するんです。これからもかなり厳しい現実や困難にぶつかるでしょう。でも私は意識が途絶える日まで病気と戦争してみます。
今の状態の私が考えている理想の死に方
そりゃあ自分の人生の目的を果たして、家族の手を煩わすこともなく、老衰のように死んでいくことが一番ですよ。
死を宣告された悪性脳腫瘍の場合は、その日その日の生きるテーマを決めて自分のペースで進んでいくことかな。余りに漠然としたいい方だけど。他に、恐ろしい症状や苦痛を体験したくはないですね。