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2001年6月はじめに地元の総合病院で突如最悪半年と宣告されました。発病部位は脳幹で悪性脳腫瘍と呼ばれたり、グリオーマと呼ばれたり、神経膠腫と呼ばれたりする現在の医学では助からない病気です。
幾つかの病院の診察を受けるも結果は同じ。しかし症状がさほど出ておらず普通の生活が支障なく送れていたので、そんな馬鹿なという否定的な気持ちとYクリニック(別メニューでたくさんお話しします)の希望が持てる別の診断もあり、脳の組織を採る手術(生検術というそうです)に踏み切りました。脳外科医でもMRIやCTで診断するのは難解で、脳の組織を採る手術が求められたからです。
また脳の3つの穴の中のうち1箇所が腫瘍の影響でふさがってしまっていたので、、水痘症予防のためチューブを入れて脳の水の通りを良くする手術も同時に行いました。
家族は最悪な結果に苦しむなら真実を知らない方がいいと基本的に反対でした。自分としてもかなり迷いはありましたが、社会復帰へ夢をつなげるためにどうしても避けることはできないと判断し2002年2月上旬手術を受けました。
しかし、手術から一週間後に最終的な診断が出ました。それは脳幹神経膠腫グレード2で、腫瘍を全摘出した場合の5年生存率は80%とのことでした。
脳幹部は人間の脳の中心的場所なので腫瘍を摘出することも組織を採ることもできません。手術で組織を採った部位は脳幹部の横でやはり障害のあった小脳の一部であり、少し吸い取った程度のものです。しかも例え生きていたとしても、手足の麻痺、言語障害、立っていられないほどの強烈なめまい、耳が聞こえなくなる、自分で考えられなくなったりの意識障害等、他にも色々な症状が出てくるとのこと。これらの症状が全て出るかどうかは医者にも分からないとのことでした。また、脳腫瘍患者と他の疾患の患者との大きな違いは、最期を迎える段階の時に意識があるかないかだとも言われました。通常脳腫瘍患者は最期の数ヶ月前より、意識が無いとのことです。もう自分で生計を立てて生活したり、人生設計ができずこんな恐ろしい症状を味あわなければならないのなら、5年なんか生きていてもしょうがない・・・・。最終的な診断から再び病気と戦おうと決意するまでの5ヶ月間はこのようなことをずっと思っていました。ショックで朝起きた時まだ死んでねえのかよと思うこともよくありました。
頭で考えることはまだまだ正常だし、外見だけなら私が大変な病にかかっていることなど、誰も分からないと思います。

多少進行しためまい、入院時の半分に軽減した左口中の違和感、相変わらずの食欲不振、最近かなり軽減した疲れが今の程度で治まってくれるなら我慢できます。あまり食べられなくなったことや食の趣向が激変したということは、放射線治療の影響も勿論あります。右口は正常ですがこれ以上症状が進むと口全体が侵されてしまいます。こんな症状すら完全な改善が見込めないのでは再び病気と戦う宣言をしても先々非常に不安です。
これらの症状は比較的軽い類のものなので、嵐の前の静けさ的症状とも表現できます。
放射線治療をやり終えましたが左右の後頭部の毛が抜け、現在モヒカン状態です(抜けた毛が生えてくるのは3〜6ヶ月〜一年)。
抗癌剤治療は自分の意思で凍結しています。こんな治療やっても、いい状態を長く続けさせるだけが目的で、恐ろしい症状は結局出てくるとのことです。ですから今の所受けていないのです。

何で真っ当に生きていた人間が30代前半独身で数万人に一人の恐ろしい病気にかかり、しかもこれから出てくる可能性が高い恐ろしい症状を味わいながら死ななきゃいけないんでしょう。
まだ病気との戦い方に悩む部分は多いのですが、最終目標は完全社会復帰ですので、死ぬことを考えるのはもうたくさんです。

 


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